生命倫理の発展 古代~現代
こんにちは。たまきです。
医療を行う上で生命倫理や生命の尊厳についての理解は不可欠です。
大学では医療倫理に関しても学ぶので紹介していこうと思います。
古代・中世 生気論の伝統
生気論とは
生物自身が特有な自立性をもち、生きたい、細胞分裂したい、
移動したいなどと目的を持った存在であるという考え方です。
生気論に基づく医学
生きたいと思っているものを癒すために医療行為を行うことを指します。
つまり医師は生命現象の自律性を回復してやり、資源の持つ治癒能力を何らかの方法で
十分に発揮させようとするのがギリシャ由来の医術や東洋医学なのです。
この生気論の考え方はDNAの二重らせんを発見したことで有名な
クリックの生きていた時代(1800年頃)まで根付いており、
医学部は特にこれを長い間信じていたことが分かっています。
1800年ごろまでこの考え方が根深かったことにも驚きですが、
その後200年での医学の進歩にも驚かされますね。
近代 機械論的生物観の確立
「機械論的」とは生物を物理学的法則に則った一つの機械のようにとらえる考え方です。
生物を理解したいという欲求は古代から存在していましたが、
生物を物理学的に理解したいという欲求が現れてきた時代です。
物事を物理学的に理解するために、実験科学が盛んになってきたのもこの時代です。
そして、生体解剖や病理解剖、動物実験の重要性が強調されるようになってきました。
現代 19世紀末~20世紀初頭のドイツ医学
19世紀ではドイツは自然科学の分野で世界一の先進国となりました。
第二次世界大戦開戦前のナチス政権
第二次世界大戦中のホロコーストなどで悪名高いナチス政権ですが、がん対策や、アスベスト対策、
労働者支援対策を行い、国民の心をつかんでいた側面があるのも事実です。
そしてナチス政権が樹立され、「良き生(Good Life)の共和国」を目指していました。
しかしここで第二次世界大戦が勃発。
ドイツ医学の犯した[犯罪]
医学発展のため、精密化学たらんがために意外にも、国内の最も教養のある人々が人体実験を行っていました。
また、ドイツは自らを最も医学の進んだ国だという自負があったため、
ドイツ医学で治すことのできない病はもうどうすることもできないと考えていたのも事実です。
そして最新医学で治療することができないのなら、安らかに死んだほうが良いとして、安楽死を制度化することになりました。
そこから発展し、殺すのを避けるため、そもそも劣った遺伝的形質を持った子供を産まれないようにしようという考えのもとに優生学が発展したと言われています。
これはゲルマン民族を優れた民族とみなし、ユダヤ人の迫害へとつながっていきました。
第二次世界大戦から得た新たな教訓
人体実験に携わった医師らは後に医師裁判にかけられることになります。
このとき彼らは
「被験者は自発的に実験に参加したのだ!!!」
と主張しましたが当然退けられ、ここで新しい認識が広まったのです。
「医師・研究者の専門職業的な慣行がどうであれ、被験者の自発的な参加と同意が最も大切」
⇒インフォームドコンセント の考え方がここから広まりました。
機械的生命観の躍進
1953年、生物のDNAの大部分が二重らせんを形成していることが発見されました。
このことから、全生物が同じ物理学の法則に基づいているという考え方が現実味を帯びてきて、機械的生命観が思想の中のものから、現実世界のものとなっていきます。
しかしここで、疑問が生じます。 生物は本当に、ただ物理学的な法則に則った機械的生命なのでしょうか。 そこで発展したのが生命倫理学です。
生命倫理学の登場
これまで技術的に不可能だったたことが可能になり、新しい問いが現れました。
「人間は機械なのか? 魂なのか?」 医療の現場では、機械的に人間を見て治療を行う場合もあれば、患者さんの心のケアも必要となる場合もあります。
医療技術の進歩のためには実験が欠かせませんが、倫理的問題が常に存在するのです。
したがって、現代の医療はこれらの思想的対立の中に存在するといえます。